ヴェルサイユ宮殿の庭園(les Jardins du Palais de Versailles)ヴェルサイユ宮殿の庭園(les Jardins du Palais de Versailles)ヴェルサイユ宮殿の庭園での

ラトナ

ヴェルサイユ宮殿の庭園にある、ラトナの泉水と花壇
《ラトナの泉水(Le Bassin de Latone)ラトナの泉水(Le Bassin de Latone)ラトナの泉水》。ラトナの怒りで池の生き物に変身させられたリュキアの農夫たち。「女神の願いは実現しました。彼らには、水のなかに住んでいることが、喜びとなったのです。全身を水の底に沈めるかとおもうと、頭だけを突き出したり、水面を泳いだりします。池の堤に坐りこむかとおもえば、再び冷たい水に跳びこんだりもします」、『変身物語』、第六巻、370節から374節まで。

宮殿の西正面から、水の壇(le Parterre d' Eau)水の壇(le Parterre d' Eau)水の壇を経て、『ヴェルサイユ庭園案内法(Manière de montrer les jardins de Versailles)ヴェルサイユ庭園案内法(Manière de montrer les jardins de Versailles)ヴェルサイユ庭園案内法』 (新しいタブで開きます)の第二節でルイ(Louis)十四世(quatorze)ルイ十四世(Louis quatorze)ルイ十四世 (新しいタブで開きます)が書いた通り、ラトナの泉水と壇(le Bassin et le Parterre de Latone)ラトナの泉水と壇(le Bassin et le Parterre de Latone)ラトナの泉水と壇が見えて来る:

「ラトナ(Latona)ラトナ(Latona)ラトナの手前で一休みして、ラトナ、周りにある彫刻をみよ。 王の散歩道(L’Allée Royale)王の散歩道(L’Allée Royale)王の散歩道、アポロンの噴水(La Fontaine d'Apollon)アポロンの噴水(La Fontaine d'Apollon)アポロンの噴水、その向こうの運河を見渡そう。」

ユノー(Juno)ユノー(Juno)ユノー女神 (新しいタブで開きます)の迫害を受けながら、太陽神であるアポロン(Apollon)アポロン(Apollon)アポロン (新しいタブで開きます)とお月様女神のディアナ(Diane)ディアナ(Diane)ディアナ (新しいタブで開きます)を生んだラトナ(Latona)ラトナ(Latona)ラトナ (新しいタブで開きます)とリュキア(Lycia)リュキア(Lycia)リュキア (新しいタブで開きます)の農夫たちで出来ている泉水である。

オウィディウス(Ovidius)オウィディウス(Ovidius)オウィディウス (新しいタブで開きます) が著した『変身物語(Metamorphoseon)変身物語(Metamorphoseon)変身物語 (新しいタブで開きます)』第六巻に記されたこの一節によって、その対立はたちまち私たちにとってより一層意味深いものとなる。

『変身物語』第六巻におけるラトナ

333 これは、あのラトナ女神の祭壇です。

王妃ユノーによってこの世界から閉め出され、かつてはふわりと海に浮いていたあのデロスの浮き島が、その願いを聞いてやっと受けいれた、あの女神の祭壇です。

この島で、ラトナ女神は、オリーブと棕(しゅ)櫚(ろ)棕櫚(しゅろ)棕櫚によりかかって、ふたりのお子を生んだのです。

ユピテルの正妻ユノーからすれば、憎い恋仇の子供たちでした。

母となった女神はユノーの怒りを避けて、この島から立ち去ったといいます。

神たるふたりのお子を、しかとその胸に抱いていたとのことです。

さて、怪物キマイラの故郷であるリュキアへたどりついた女神でしたが、おりしも、堪えがたい日さしが田野を焼いています。

340 長い苦労に疲れはてた女神は照りつける熱さに、喉(のど)喉(のど)喉の渇きを訴えました。

両の乳房も、むさぼり飲む子供たちに吸いつくされた。

と、たまたま、谷底に、ほどよい大きさの池が見えました。

そこでは、農夫たちが、茂った柳の小枝や、藺(い)草(ぐさ)藺草(いぐさ)藺草や、沼地につきものの菅(すけ)菅(すけ)菅を刈り集めています。

345 ラトナはそこへ近づくと、地面に膝をつきました。

冷たい水をすくって飲もうとしたのです。

が、農夫たちの群が、そうはさせまいとするのです。そんな百姓たちに、女神はこういいました。

「どうして、わたしに水を飲ませないのですか。

水は、万人に共有の賜(たま)物(もの)賜物(たまもの)賜物です。

350 日の光も、大気も、きよらかな水も、自然はこれらを個人の所有物とはしていないのです。

でも、お願いいたします、どうか、その恵みを受けられますように。

この水で、私の手足や疲れたからだを洗おうというのではありません。

ただ、渇きを静めたいだけなのです。

こういっているわたしの口にも、もう水分というものがありません。

355 喉(のど)喉(のど)喉はからからになって、声も出ないありさまです。

ひと口の水が、わたしには甘露(ネクタル)甘露(ネクタル)甘露ともなりましょう。

水と同時に、命を授かったのだといえるのです。

ですから、どうか水と生命とを!

この子供たちのことも、お考えください!

この胸に抱かれて、かわいい腕をさしのべています」

そのとき、ちょうど、みどりごたちは、腕をさし出していたのです。

360 女神のもの柔らかな言葉に動かされないものが、ありえたでしょうか。けれども、この農夫たちは、頑として女神の願いをはねつけました。

これでも立ち去らないのかと、威(い)嚇(はく)威嚇(いはく)威嚇を加え、おまけに、悪(あく)罵(ば)悪罵(あくば)悪罵をあびせかけます。

365 そればかりではなく、足や手で池の水をかき乱し、意地悪くあちこちへ跳びはねて、水底から柔らかい泥をかきたてたりするのです。

女神も、いまは、渇きよりも怒りが先に立ちました。

もう、懇願する気にもなれなかったし、神にふさわしくないような言葉を口にすることにも堪えられません。

両手を高くさしあげると、こういったのです。

「お前たちのその池に、いつまでも佇(ただす)佇(ただす)佇んでいることです!」

370 女神の願いは実現しました。彼らには、水のなかに住んでいることが、喜びとなったのです。

全身を水の底に沈めるかとおもうと、頭だけを突き出したり、水面を泳いだりします。

池の堤に坐りこむかとおもえば、再び冷たい水に跳びこんだりもします。

が、忌(い)忌(い)忌まわしい舌を駆使して、口論にふけっていることだけは、いまも変わりありません。

375 恥も外聞も捨て、水の下にいてさえ悪態をつこうとしています。声もしがわれ、喉(のど)喉(のど)喉はふくれあがっているのです。

たえず毒づいていることで、口は大きく裂けひろがっています。

醜い頭をのばしますが、頸があるとはおもえません。

背中は緑色で、からだの大部分をなしている腹は、白いのです。

379 こうして泥水のなかで跳びはねている――これが、蛙という新しい生き物なのです。

オウィディウス、『変身物語』、第六巻、333節から379節まで。

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